衝撃波は,直感的な予想を超えた複雑かつ強力な作用を周囲に与えます.爆発を伴う事故や事件の際に,人体に強い衝撃波が通過すると1次爆傷と呼ばれる現象が発生し,人体組織に外的損傷を与えますが未解明な部分が多くあります.これを解明することは,爆発を伴う大規模な災害時の被害の最小化と救急救命に大きく役立ちます.
爆発で発生する衝撃波によってもたらされる圧力変化は特徴的です(図1).衝撃波到達による強く急峻な圧力ジャンプとその直後から始まる圧力減少,さらに負圧の発生が続きます.これらの現象は1/1000秒単位の時間スケールで発生し,周囲に大きな影響を与えます.爆風の研究には,このような爆風の特徴を再現する必要があります.
爆風を実験室で再現するには,空中で火薬を爆発させることが理想的ですが,大学の実験室では簡単なことではありません.また,衝撃波管を使う場合は,高圧ガスに関する法律を遵守する必要があります.そのため,研究のために強い爆風を発生させることは簡単にはできません.そこで,可燃性気体の爆轟波で強い爆風の模擬ができるデトネーション駆動型爆風シミュレータ(Detonation-Driven Blast Simulator, DDBS)(図2)を製作し,爆風研究に取り組んでいます.
図3は,DDBSの測定部に設置した中空立方体(壁厚さ1.8 mm)に爆風が作用した際の変形の様子をデジタル画像相関法(DIC)でマイクロメートル単位で計測した結果です.画面左から衝撃波が到達し,中空立方体を変形させます.画像上の色彩は,画面の手前あるいは奥方向の変形程度をを示しています.赤色は引っ張られている部分,赤紫色は,押されて引っ込んでいる部分を示します.
図4は,DDBSの測定部で発生した圧力変化をコンピュータシミュレーションした結果です.画面左から衝撃波が到達し,中空立方体周囲で複雑な圧力変化を発生させていることがわかります.中空立方体前面では,衝撃波が反射することで強い圧力上昇(赤い部分)が発生する一方で,広報では,中空立方体背後で発生する渦によって低い圧力(青い部分)が発生します.このような爆風と物体が干渉することで発生する流れ場により,物体に複雑で予想できない力が作用し,破壊されていきます.
図5は,実験と数値解析結果の時間をそろえ,圧力分布を比較したものです.中空立方体に衝撃波が到達した瞬間(左端),衝撃波の形状を反映した大きな変形が壁面に発生(直線状の赤い部分)している事がわかります.その後,周囲に発生した渦によって壁面が引っ張られている状況(左から2および3番目の赤紫の部分),更に,中空立方体後方に発生した渦による変形が実験と数値解析により捉えられています(右端).
上記の様に実験室内で精度良く爆風を模擬できる実験装置を独自に確立させ,爆風が周囲の物体に対する影響やその防護方法について研究を進めています.
事件や事故で爆発が発生した際に不幸にも人が巻き込まれた時の負傷を爆傷と呼び,受ける外傷の原因となった現象で4種類に区分されます.爆発で生じた衝撃波が人体を通過することで生じるもの(1次爆傷),爆発で生じた破片が体にぶつかることで生じるもの(2次爆傷),爆風の力によって体が吹き飛ばされることで生じる打撲,骨折,切り傷(3次爆傷),爆発で出た熱によるやけどなど(4次爆傷)です.このうち,1次爆傷は,衝撃波が人体を通過する際の組織間の波の伝わる特性の異なり(インピーダンスミスマッチ)や骨格等での衝撃波の反射や回折による複雑な圧力分布の発生が主な原因です.外的には無傷でも内部に外傷が発生するため,1次爆傷の解明は,爆発事故などの救急救命にとって重要な知識になります.
図1は,ゼラチン中に気泡を作り,レーザをレンズで集光して発生させた強い衝撃波(レーザ誘起誘起衝撃波)を作用させた際の気泡の変形挙動です.衝撃波が気泡内部を通過することで,大きく変形することがわかります.肺や血管中で同様なことが起きると,人命に関わる症例にもなります.
図2は,防衛省・防衛医科大学校 防衛医学研究センターに設置されているブラストシミュレータの測定室です.図右側の放出部(銀色の太いパイプ)からMach2程度の衝撃波が測定部に放出されます.爆風の生体作用の研究のために開発されたものとしては,日本最大の規模です.この装置を利用して,爆風防護の研究と生体作用の解明に
取り組んでいます.
一方,頭蓋内部での衝撃波伝播など,動物や人体内部での衝撃波の挙動を実験で直接確認することは,法的,また,倫理的観点からできません.そこで,コンピュータシミュレーションによって詳細を数値模擬する頭蓋内部の流体力学的なデジタルツイン(数値モデル)の開発を進めています(図3,図4).これまで,頭蓋内部の数値モデルは,脳震盪や脳挫傷の工学的な観点からの研究がなされて来ましたが,衝撃波伝播とその作用の観点からはほとんどなされていません.
我々は,頭蓋内を模擬した物理モデルを使った実験を通し,衝撃波伝播を正確に模擬できるデジタルツインの研究を東海大学医学部脳神経科,防衛医科大学校と取り組んでいます.