Field-scale aerodynamics 実規模空気力学


 航空機周囲の後方乱気流は空港周辺での安全運行に影響を与えます.次世代の超音速旅客機の実現にはソニックブーム問題の解決が不可欠です.一方,これらは縮尺模型実験での解明には限界があり,実機実験が必要になります.実規模空力現象の高精度な可視化計測は,これらの解明に大きく貢献します.


超望遠可視化計測のための補償光学研究 - Addaptive optics for long-range flow visualization

 流体力学の研究では,風洞などの地上実験装置の内部で,航空機やロケットの縮尺模型を使った流れ場の再現実験(縮尺実験)を行います.一方,現象によっては,縮尺実験では,再現できず,正しい情報が取得できないものがあり,実際の現象の計測が必要になります.航空機周囲の流れ場では,翼端渦を含む後方乱気流がその代表例です.後方乱気流は,航空機の飛行に伴い常に発生しています.特に,離着陸時に滑走路上に長時間滞留する場合もあり,後続機の運航安全を脅かします.墜落事故の発生例もあります(図1).

 野外で航空機周囲の現象に対し,縮尺模型実験と同様に可視化計測を適用すると,大気じょう乱(陽炎)の影響のため,実験室と同様の高精度な計測が困難になります(図2).図2は,離陸のために滑走路上を加速している大型ジェット機ですが,滑走路とその周囲から発生している強い大気じょう乱(上昇気流)のために,航空機の輪郭が歪んでいる事がわかります.そこで水書研究室では,天文学で発達した補償光学と流れの可視化計測を融合させた超望遠可視化計測法の実現に取り組んでいます.

 補償光学は,波面センサ,可変形鏡,およびそれらを制御する計算機から構成され,大気じょう乱による計測波面のゆがみを補償(ゆがみのない状態に復元)する光学系で,1970年代から赤外線天文学で研究が進んできました(図3).大気中を伝播することで歪んだ波面と逆位相の波面を可変形鏡(図3①)で形成し,反射された光の位相を波面センサ(図3②)で測定した結果を使い,計算機(図3③)で更に最適な位相を可変形鏡に与える閉ループ制御をします.波面補償により,波面のゆがみが復元されることで,地上望遠鏡でも宇宙望遠鏡を超える観測結果を得られます.日本では,ハワイに設置され,世界的な成果をあげている「すばる望遠鏡」に適用された補償光学系が有名です.

 図4は,水書研究室での成果の一例で,強い大気じょう乱を模擬した環境中で音速ノズルから発生させた不足膨張噴流(画像左に直径2㎜のノズル出口からジェットが右方向に噴出)をシャドウグラフ法で可視化計測した結果です.上段は,大気じょう乱無しの状態,中段は,大気じょう乱を模擬した現象を発生させた場合,下段は,大気じょう乱を模擬した現象を発生させた上で,補償光学系で波面補償を施した結果です.補償光学系による波面補償により,不足膨張噴流中の複雑な構造(膨張波,Machディスク,斜め衝撃波,噴流境界など)が明瞭に可視化されていることがわかります.現在,実機周囲の流れ場計測に向けて新たな光学系の研究中です.

図1.後方乱気流の煙による可視化(NASAによる実験,航空機は画面奥方向に進行)
図1.後方乱気流の煙による可視化(NASAによる実験,航空機は画面奥方向に進行)
図2.滑走路上の上昇気流によって輪郭が歪んだ航空機
図2.滑走路上の上昇気流によって輪郭が歪んだ航空機
図3.波面補償による画像の空間解像度の向上
図3.波面補償による画像の空間解像度の向上
図4.強い大気擾乱中での可視化計測における波面補償効果
図4.強い大気擾乱中での可視化計測における波面補償効果


滞空型計測による大気じょう乱の3次元的評価手法の研究 - atmospheric turbulence around large-scale structures

 高層ビル,航空機格納庫,大型望遠鏡ドームの周囲では,強風時には強い乱流が発生し,航空機の安全運行,天体観測画像の分解能に大きく影響を与えます.天体観測においては,地上近傍の乱流ほど観測結果に影響を与えるため,補償光学による波面補償を精度良く行う上で,ドーム周囲での大気じょう乱の正確な把握が必要です.日本がハワイ島にマウナケア山頂に建設した大型望遠鏡であるすばる望遠鏡では,ドーム周囲での大気じょう乱の把握にSNODAR(Surface layer NOn-Doppler Accoustic Radar)と呼ばれる音響レーダを利用しますが,建物の近くでは音響波が乱反射するため,計測が困難でした.現在,国際協力で建設が進行中の主鏡直径が30 mにもなる超大型望遠鏡 Therty−Meter Telescope (TMT)

では,広範囲の乱流発生が予想され,その対策が急がれています.水書研究室では,国立天文台の研究者と協力し,産業用ドローンと数値流体解析を利用した大型構造物近傍での大気じょう乱の計測と予測法の確立に取り組んでいます(図2).

 図3は,ドローンに搭載した高速応答型の熱電対で上空150メートルの気流の温度変化をホバリングした状態で計測した結果から屈折率構造定数(大気のゆらぎの指標)の時間変化を計測した結果です.このような計測を大型構造物の周囲で3次元的に多数収集すると共に,数値流体力学(CFD)による構造物周囲の流れ場の3次元解析結果と比較することで,建物周囲での乱流の状況とそれが屈折率構造定数の分布に与える影響を解明しています.

 本研究で取り組んでいる手法を確立させ,ハワイのすばる望遠鏡周囲の流れ場のドローンによる計測を目指しています.

図1.大型天体望遠鏡ドーム周囲での乱流
図1.大型天体望遠鏡ドーム周囲での乱流
図2.ドローンによる滞空型大気擾乱計測
図2.ドローンによる滞空型大気擾乱計測
図3.滞空型計測による屈折率構造定数計測結果
図3.滞空型計測による屈折率構造定数計測結果