デトネーション(爆轟)は,衝撃波と燃焼が一体となって伝播する超音速燃焼波で,極めて強い圧力と温度の上昇を伴います.これを推進器(エンジン)に利用できれば,これまでにない強力で燃費の良いものが実現できます.
「爆轟」(デトネーション,Detonation)とは,可燃性混合気中を音速を超えて自走する(自らエネルギを作り出し,減衰せずに伝播できる)燃焼波であり,衝撃波とその背後に続く反応誘導領域,燃焼波,および希薄波で構成されています.爆轟波背後には,極めて高い高温高圧が発生します.1次元の爆轟波面の理論は,それを提唱した研究者(Zeldovich,von Neumann,Doering)のイニシャルをとりZND理論と呼ばれています(図1).一般に「ガス爆発」と呼ばれている現象の多くは,「爆燃」(Defragration)と呼ばれる現象で,燃焼波は,音速よりもかなり小さな速度(Mach数0.1程度)で伝播し,その背後での圧力上昇は,大きくはありません.爆轟波の研究は,凝縮相(固体)と気相(気体)での爆轟波特性研究に分かれます.凝縮相での爆轟は,火薬の特性研究が,気相での爆轟は,炭鉱や工場での粉塵爆発,閉鎖空間での可燃性混合気の爆発事故対策などの安全性研究が,その代表です.近年では,気相の爆轟波を航空宇宙機の次世代推進装置への応用研究が世界各国で大変盛んです..
デトネーションのエンジン応用には,パルス・デトネーション・エンジン(Pulse Detonation Engine, PDE)と回転デトネーション・エンジン(Rotating Detonetion Engine, RDE)の2つのタイプが提案されており,近年ではRDEに注目が集まっています.デトネーション・エンジンは従来のブレイトンサイクルであるターボジェットエンジンよりも理論的に20%程度高効率と試算されており,高出力と高効率を両立でき,かつ,単純な構造であるため軽量化ができるという航空宇宙用推進機として多くの利点があるからです.
図2に,RDEの基本的な構造を示します.RDEは,外筒と内筒の二重円筒構造を基本とし,最新の研究では単円筒構造のものもあります.二重円筒の内筒と外筒の空隙(燃焼器)に燃料と酸化剤を供給し,回転デトネーション波を燃焼器内を円周方向に伝播させます.回転デトネーション波の発生には,火付け役となる点火器(イニシエータ,あるいはプリデトネータと呼ばれる)と同期させて燃料と酸化剤を高圧で注入し,点火します.回転デトネーション波は,使用する燃料の種類にもよりますが,およそ2000~2500 m/sで燃焼器内を伝播します.図3は,排気噴流側から燃焼器内部をのぞき込んむ形で撮影したCH*化学発光の高速度ビデオ画像で,回転している光の点ひとつひとつがデトネーション波です.この映像は,図4のRDREで取得されたものです.回転デトネーションによって発生する高温・高圧の既燃ガスを後方に噴射することで推力や仕事を取り出すことができます.排気孔にノズルを付加することで,推力の増大が可能です.
これまでにない新しい原理によって作動する将来有望な航空宇宙機用推進器ではありますが,燃焼器内部でのデトネーション波の伝播様態に未解明な部分が残っています.理論的な効率と実験結果がギャップの理由を解明し,解決することで,実用化へ近付きます.図4は防衛装備庁の安全保障技術推進制度の支援の下,JAXAが試作した研究用RDREです.このプロジェクトには水書研究室も研究分担として取り組みました.RDREとは,RDEのロケットエンジンバーションです.図5は,水書研究室がRDRE内部でのデトネーション波の状態を可視化計測するために確立させた干渉計による可視化計測装置です.緑色のレーザ光を研究用RDRE燃焼器の観測窓から入射させ,内部の干渉縞画像を取得します.図6.に干渉計により取得したデトネーション波の状況の測定例を示します.また,この画像から再構築された燃焼器内部での状況を図1に示します.
水書研究室では,PDEやRDE内部での爆轟波の伝播様態や波面構造に関する研究を実験および数値解析により解明し,実用化へ寄与する研究に取り組んでいます.独自製作のRDEを使った研究に加え,JAXAや宇宙ベンチャーともRDEに関する基礎研究に取り組んでいます.
火星探査には,大きく分けて2つの方式があります.火星の衛星軌道上からレーダーや画像探査を行う”オービタ”と,表面に着陸し,着陸場所や自らが移動する”ローバ”です.これまで多数のオービタとローバが火星に到達していますが,この2つの方式だけでは,峡谷などの切り立った崖の表面の状況を調査するのが困難です.オービタでは真上からの視点であるため壁面が撮影できず,ローバでは険しすぎて近づけないからです.峡谷の壁面では,地層が確認できるため,火星の歴史を知るために重要な情報が得られると期待されています.そのため,峡谷の中を自由に移動できる滞空型の探査機が各国で検討されています.図1は,NASAが計画したARESと呼ばれる飛行型探査機のイラストです.また,将来,人類が火星に基地を建設しての大規模な探査や移住した際の高速・長距離移動を実現するために火星航空機が必須となります.しかし,火星大気は,地球と大きく異なり,二酸化炭素が約95%であり,また,大気圧は地球の1/100です(表1).そのため,地球と同様に炭化水素燃料(ガソリンなど)を酸素で燃焼させる内燃機関(エンジン)を利用することはできません.したがって,二酸化炭素が主成分で低圧力な大気条件で大気吸込型の推進器が実現できれば火星航空機用の推進器として有望になります.
金属のうち,アルミニウムやマグネシウムなどは二酸化炭素と反応し,酸素がなくとも燃焼します.つまり,金属微粉末を燃料とし,二酸化炭素を酸化剤とする燃焼現象が発生します.これまで,金属鉱山や金属加工工場での金属の微粉末が空気中に漂い,爆発事故を起こす事例があり,粉塵事故防止の目的で,金属粉末によるデトネーションの研究が進められています.そこで,水書研究室では,火星大気環境下でのデトネーションエンジンの可能性を探るため,アルミニウム微粒子によるデトネーション波発生の基礎研究に取り組んでいます.
図2は,アルミニウム微粉末をデトネーション管内に均一に散布し,デトネーションを発生させる実験装置です.金属微粒子をノズルで散布する方式です.図3に散布の状況を高速度ビデオカメラで撮影した画像を示します.上から順に,噴射から50 ms,250 ms,および450 msの時間が経過したものです.散布の状況を確認するため,実際の実験と同様な寸法で製作した透明アクリル性の実験装置内部で,アルミニウム微粉末と同等の粒径の模擬粉体を使用しています.均一な散布が可能なノズル形状と散布状態,および点火のタイミングの最適化研究を実験および数値解析的に研究し,アルミニウム微粉末によるデトネーション波発生を目指しています.
1)回転デトネーションエンジン(RDE)の作動特性研究
爆轟波(デトネーション)が発生する極めて強い圧力と温度を利用して,Pikkettサイクルによる航空宇宙用の新しいエンジンが実現すれば,従来のBraitonサイクルを利用しているターボジェットエンジンを上回る効率のエンジンとなることが期待されています.
当研究室では,デトネーション研究会所属の大学研究室を中心に,JAXAを含めた航空宇宙関連企業との協力の下,研究用のRDE(RDE100)を製作し,作動特性研究に取り組んでいます.
2)リニア燃焼器(Linea Combustion Chamber, LCC)による爆轟波と燃焼/酸化剤噴流の干渉様態解明
RDE内部では,高速で爆轟波が回転しています.そのため,強い遠心力が発生し,燃料と酸化剤の混合を適切にするための解明が単純ではありません.そこで,私たちは,RDEを直線的に展開したリニア燃焼器(LCC)を製作し,遠心力の影響を取り除いた上で,RDEの性能向上のための燃焼/酸化剤混合の研究に取り組んでいます.